尾田栄一郎は鳥山明のアシスタントだった?出身地やデビュー作を紹介!

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マンガ

今や世界的にも大人気漫画、「ワンピース」。

売り上げ部数は、なんと5億部を突破しています。

これは、ギネス世界記録に認定されているとのこと。

日本国内だけでも4億部を突破しているそうです。

ワンピースを読んだことなくても、知らない人は、いないのではないでしょうか?

その大人気漫画「ワンピース」の作者は、尾田栄一郎さんです。

「ワンピース」の面白さは、物語そのものもそうですが、謎や伏線が多いことも面白さに繋がっているかと思います。

そんな面白い「ワンピースの世界」を描く尾田栄一郎さんは、鳥山明さんのアシスタントだったのでしょうか?

キャラの描き方は、違うものの、似ているところは、あります。

ナミやウソップがルフィに突っ込みを入れるシーンや戦闘シーン。

最近では、覚醒したルフィの姿「太陽の神ニカ」は、ドラゴンボールの「スーパーサイヤ人」ぽいですよね?

なので、鳥山明さんのアシスタントをやっていたのかと思ってしまいます。

もしそうなら、鳥山明さんは、愛知県出身なので、尾田栄一郎さんもそうなのか?

デビュー作は、どんな作品だったのかと気になります。

なので、ここでは、尾田栄一郎さんは、鳥山明さんのアシスタントをしていたのか?

どこの出身で、デビュー作は、何だったのかを紹介したいと思います。

 

尾田栄一郎は鳥山明のアシスタントだった?

(箸)鳥山明 出典:pixiv サンチョ

(画像引用元pixiv サンチョ)

結論から言うと、尾田栄一郎さんが、鳥山明さんのアシスタントをしていたことは、ないです。

ないのですが、尾田栄一郎さんが最も尊敬する漫画家は、鳥山明さんだそうです。

私も、鳥山明さんは、本当にスゴイ漫画家だと思います。

勿論、尾田栄一郎さんもです。

なので、この気持ちは、わかります。

しかも、尾田栄一郎さんは、鳥山明さんを「神様」とまで表現していたらしく、仕事机から仰ぎ見る位置に鳥山明さんのサインを飾ってあるそうです。

このサインを手に入れるため、徳弘正也さんに頼んで鳥山明さんのところに連れていってもらい、握手している写真も撮ったそうです。

スゴイです。

更にスゴイのが、2007年には、『週刊少年ジャンプ』2007年4・5合併号に、『ONE PIECE』と鳥山明さんの『ドラゴンボール』のコラボ作品「CROSS EPOCH」が掲載されました。

「神様」と思うぐらいの人と、コラボで漫画を描けるなんて本当にスゴイですね!

夢が叶う以上ですね。

では、尾田栄一郎さんは、どなたかのアシスタントをしていたことはないのか?

尾田栄一郎さんは、甲斐谷忍さん、徳弘正也さん、和月伸宏さんのアシスタントを務めていたことはあるようで、アシスタント時代に描いた読切の海賊漫画「ROMANCE DAWN」が、後の『ONE PIECE』の原型になっているとのこと。

鳥山明さんのアシスタントではなかったようですが、アシスタントをしていた時期は、あった様です。

 

アシスタントのなり方

尾田栄一郎さんは、前述したように、甲斐谷忍さん、徳弘正也さん、和月伸宏さんのアシスタントを務めていたそうですが、では、どうすれば、アシスタントになれるのでしょうか?

現在は、マッチングサービスやSNSで探すなどの手段があるようです。

しかし、尾田栄一郎さんがアシスタントを務めていた頃は、そんなサービスは、なかったと思います。

おそらく集英社の方からの紹介?

とかでしょうか?

尾田栄一郎の出身地は熊本です。

アシスタントを務めるってことは、その間は、漫画家の家(仕事場)の近くに住んでいたのでしょうか?

もし、そうなら、アシスタントになるには、引っ越しが必要になるのかもしれませんね。

今の時代なら電子(インターネット)でやり取りできるのかも?

です。

 

尾田栄一郎の出身地やデビュー作を紹介!

(箸)尾田栄一郎 出典:pixiv kiyu

(画像引用元pixiv kiyu)

前述した通り、尾田栄一郎さんは、鳥山明さんのアシスタントは、していませんでした。

ですが、甲斐谷忍さん、徳弘正也さん、和月伸宏さんのアシスタントをしていたそうです。

どういう経緯で、この3人のアシスタントをしていたかは、わかりません。

3人とも出身地もバラバラです。

では、ここで、尾田栄一郎さんはが、漫画家になるまでの経緯をプロフィールでご紹介します。

 

尾田栄一郎のプロフィールを紹介!

名前:尾田栄一郎。

生年月日:1975年1月1日。

元旦生れなんて、とてもおめでたいですね。

年明けとともに、誕生日を迎えることになるのか。

とてもわかりやすいです。

年齢:2024年の誕生日で、49歳。

出身地:熊本県熊本市。

尾田栄一郎さんは、熊本県の出身なんですね。

血液型:A型。

愛称: 尾田っち。

最終学歴:九州東海大学中退。

 

経歴

油絵が趣味だったお父さんの影響をうけて、幼いころから絵を描き始める。

4歳の時、漫画家という職業を知り、「大人になっても働かなくていいんだ」と思い漫画家を目指すそうです。

先ずスゴイのが、漫画家を働いていない人と思うこともスゴイですが、そう思って、漫画家を目指すのもスゴイです。

しかもそれが4歳の頃ってのが凄いですね。

小学5年生の時に「キャプテン翼」の影響で、サッカーを始めるそうです。

「キャプテン翼」の影響で、サッカーを始める方は、多いと思います。

Jリーガーの方の中にもそんな方は、いるかと思います。

このサッカーの経験が、自分の漫画内でチームの楽しさを描くきっかけになったと語っている。

そのままサッカー選手になることは、考えてなかったのですね。

本格的に漫画を描き始めたのが、中学2年。

もう中学生の頃には、漫画を描き始めていたのですね。

プロのミュージシャンになる人が、楽器を始めるのと同じですね。

『ONE PIECE』の題材とした海賊が好きになった原点は『小さなバイキングビッケ』。

私もこの「小さなバイキングビッケ」は、知っています。

中学時代には「ジャンプに海賊の漫画を描こう」と目標を定め、アイディアを貯め始めたそうです。

え?

中学で、「ONE PIECE」になるアイディアを貯めていたのってこと?

本当にスゴイ!

高校一年生の時にサッカー部を辞め、漫画一本に集中することに決めたそうです。

その高校在学中に、月火水木金土(つきひみずきこんどう)のペンネームで投稿した短編「WANTED!」が『週刊少年ジャンプ』の新人賞の手塚賞に準入選し、更に翌年1993年には「一鬼夜行」が10月期第104回ホップ☆ステップ賞にて入選を受賞します。

高校在学中に描いた漫画が、入選するのですからスゴイですね。

初めて入選した5年後には、「ONE PIECE」の連載が開始します。

連載開始からは、「スゴイ」の一言では、すまないぐらいの漫画家になります。

なぜ、ペンネームが、月火水木金土(つきひみずきこんどう)だったのでしょうか?

この理由は、わかりませんが、現在「ONE PIECE」に登場している五老星との繋がりがあるのでしょうか?

そして、2009年に公開された映画『ONE PIECE FILM STRONG WORLD』では、尾田栄一郎さんは、スタッフ側に映画のシナリオを依頼され1度は断ったものの「主題歌がMr.Childrenだったら頑張る」という条件を出した結果、主題歌はMr.Childrenの書き下ろし曲に決定した。

これって、夢の夢みたいな話ですよね。

尾田栄一郎さんは、ミスチルのファンで、自身が手掛けた映画の主題歌をミスチルが担当するって、スゴイを超越してます!

しかも自分の希望が通るのですから、スゲーな。

尾田栄一郎さんぐらいの漫画家になると、そんな希望も通るってことなんですね。

 

尾田栄一郎のデビュー作は?

あまりにも尾田栄一郎さんの功績がスゴ過ぎて、つい忘れそうでしたが、尾田栄一郎さんのデビュー作は何か?

ですね。

初掲載がデビュー作だとすると、「神から未来のプレゼント」の短編集がデビュー作になるかと思います。

連載開始がデビューとすれば、今の「ONE PIECE」がデビュー作になるのかもしれません。

 

まとめ

色んな意味でスゴイ尾田栄一郎さんですが、その尾田栄一郎さんは、鳥山明さんのアシスタントだったのか?

尾田栄一郎さんは、鳥山明さんのアシスタントでは、ありませんでした。

出身地は、熊本県熊本市です。

デビュー作は、初の掲載がデビュー作だとすると「神から未来のプレゼント」という短編集になります。

尾田栄一郎さんは、中学生の頃には、既に海賊のマンガを描くことを考えていたそうですね。

確かに「ONE PIECE」を読んでいると、登場するキャラの名前や、モデルとなっている場所などを考えると、ある程度の構想は、描く前からあったのでは?

と、思うときがあります。

色々な謎や伏線がある「ONE PIECE」ですが、それを考察するのも楽しみの1つなのかもしれません。

なので、読者皆が、「ONE PIECE」を求めて旅をしているのです。

これから「ONE PIECE」は、どんなドラマがあるのか楽しみです。

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